DataLab.(データラボ)第6回 RATE BUSTER! GOLD
- 「ユーザーからの要望には可能な限り応えるようにしています」仲谷光太郎
![写真[仲谷光太郎氏]](/dlb/sft/tour/img/006_ratebustergold/ratebustergold_saku_l.jpg)
- 栃木県出身、競馬歴約20年。仕事でソフト開発を行っていた能力を生かし、当初は一般に非公開でデータ分析を行っていたが、後に予想ソフト「DerbyGeneration(ダビジェネ)」「RATE BUSTER! GOLD」を公開し好評を博す。現在は株式会社レイトバスター代表。競馬予想とソフト開発業に精を出す40歳。
インタビュー記事 インタビュアー/市丸博司(2007/7)
「仕事でも探して来い!」と父に言われコンピュータ関係の仕事に就く
市丸:まず、競馬に出会ったきっかけなどをお教えいただけますか。
仲谷:20歳からで、20年前くらいですよね。もう私40歳ですから。
市丸:もうそんなになられますか。最初にお会いしてから5年、いや10年近くになりますかね。いや、歳も取るわけです(笑)。それで、20年前と言いますと中央競馬では……。
仲谷:いや、最初は地方競馬からだったんです。
市丸:南関東ですか?
仲谷:いえ、今はなくなってしまいましたけれど、宇都宮競馬で。当時は栃木に住んでいまして、パチンコ関係のつきあいで飲みに行っていた人の中に、競馬好きがいたんですよね。それで、今度は競馬に行こう、ということになって。
市丸:それで、まずは地元の宇都宮競馬だったのですね。ビギナーズラックとかありましたか?
仲谷:最初はなかったんですよ。新聞の買い目をそのまんま買っていたのですが、それがなかなか当たらなくて。ただ、枠連で7枠とか8枠が好きだったんですよね。少頭数だと内枠は1頭ですけれど、外枠って2頭ずつ入るじゃないですか。
市丸:ああ、なるほど(笑)。なんか得な気がしますよね。
仲谷:それで枠連7-8をよく買っていたら、何度目かに行ったときに1000円が9万8000円くらいになって。△がついているくらいの組み合わせだったのですが。
市丸:では、最初は地方競馬ばかりで。
仲谷:遊びですよね。その頃は特に就職もせずパチンコで食べていました。ただ、あるひとつの機種の攻略法しか知らなかったので、機種が変わってなかなか勝てなくなってしまったんです。2年もやってなかったんじゃないですかね。
市丸:それで「パチプロ」から転身されて就職された、と。
仲谷:勝てなくなったのもありますけれど、ある日、メシを食べているときに親父に怒られまして。「毎日なにやってんだ、仕事でも探して来い!」って(笑)。
市丸:父の一喝で就職されたわけですか(笑)。
仲谷:ええ、もう早かったですね。すぐ職安に行って、コンピュータ関係で特に給料の希望もない、と伝えたら、その日のうちに決まりました(笑)。
市丸:ソフト開発の関係だったのですか?
仲谷:いえ、普通の会社のコンピュータ部門です。






